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【特集版】着物コラム

【京都名所特集】第14弾 金戒光明寺・二条城

京都名所特集と銘打ってご紹介するのは、京都にある神社仏閣の特徴や歴史についてです。細かくご紹介して、観光などの際に役立てていただきたいと考えております。第14弾の今回は金戒光明寺(こんかいこうみょうじ)と二条城(にじょうじょう)です。



 



●金戒光明寺



左京区の塔山の麓に吉田山と黒谷という二つの丘があります。黒谷には約4万坪という広大な敷地を持つ金戒光明寺と、紅葉の名所で知られる真如堂(しんにょどう)が建っています。金戒光明寺は鎌倉時代に然が開山したといわれ、昔から京都の人には「黒谷さん」と呼ばれて親しまれています。この寺の境内には会津藩殉難者墓地があり、会津藩士350余名ものお墓が立ち並びます。なぜこの寺に会津藩士のお墓があるのかというと、幕末の1862年、現在のテロのような事件が相次ぐ京都の治安を守るために京都守護職が置かれ、会津藩主・松平容保が任命されて京都に上洛、この寺を5年間にわたり京都守護職の本陣としたのです。



実は松平容保は14代将軍徳川家茂から京都守護職を任命されたとき、何度も固辞しています。藩の財政が苦しく、人斬りが相次ぐ京都の守護職を務める余裕はないとし、受ければ藩が衰退することは目に見えていました。しかし再三の説得と「徳川幕府に忠義を尽くす」という家訓によって拝命したのです。過労たちは京都に行くことを「薪を背負って火を防ぐようなもの」といって反対しましたが容保の決意は固かったのです。



1862年、京都についた1000名の藩士たちはそれぞれの藩邸が出来上がるまで金戒光明寺で暮らしていました。なぜこの寺が本陣として選ばれたのかというと、金戒光明寺は徳川家康が緊急の場合に備えて城塞のような構えに作り替えていたからです。寺の本堂は小高い丘の上にあって、大群が攻め込んでこられないように城門がつくられていたため本陣として最適でした。さらに境内は広大で1000名の藩士が駐屯することが可能な宿坊もありました。ここを本陣とした藩士たちは動乱の京都を取り締まり、1868年の鳥羽伏見の戦いで活躍。山本覚馬もこの黒谷で暮らし、洋式兵術を藩士たちに教えていました。しかし、鳥羽伏見の戦いで会津藩は敗れ、藩士は350余名が亡くなります。そして金戒光明寺に葬られました。なお、新撰組がまだ壬生浪士と名乗っていた時のこと、容保と近藤勇がこの寺で初めて会見し、壬生浪士が守護職の配下になることを決めて容保から「新撰組」の名をもらいました。そのため金戒光明寺は新撰組発祥の地ともいわれています。現在は黒谷の丘に同党とした三門がそびえます。幕末藩士ゆかりの寺巡りとして人気を博しており、着物での観光の際に立ち寄るのはいかがでしょう。



 



●二条城



二条城は、京都市のほぼ中央、中央区二条通堀川にある平城で現在では桜と紅葉の名所として観光スポットとして人気が高いですが、実は徳川将軍家の誕生と最期の舞台となった城なのです。



1603年徳川家康が上洛時の宿所として二条城をつくり、征夷大将軍の宣旨を受けて入城しました。徳川幕府の誕生の瞬間です。1611年には家康と豊臣秀吉の息子・秀頼との会見がこの地で行われ、それが豊臣家滅亡の大坂の陣に結び付いたことで知られています。その後は3代将軍家光によって回収され、1626年に完成しました。家光の上洛を最後に、歴代将軍が二条城に足を踏み入れることはなかったのですが、皇女和宮を娶った14代将軍の家茂が義理の兄となった孝明天皇に合う為230年ぶりに上洛し入城しました。以後は再び表舞台に登場しますが、大政奉還によって徳川幕府の終焉の舞台となりました。



二条城の見どころ



・二条城二の丸御殿



大政奉還の舞台となった二条城二の丸御殿には部屋数が33あり、式台の間、黒書院、白書院、大広間などの6つの塔が並びます。豪華絢爛たる欄間彫刻がいたるところにあり、狩野探幽の襖絵や華やかな天井の絵が徳川家の最盛期の権勢を物語っています。最も格式の高い部屋が大広間で、1867年、15代将軍徳川慶喜が諸大名をここに集めて大政奉還を発表しました。



・二条城二の丸庭園



二条城築城の際に白にふさわしい庭園を造ろうと、家康が小堀遠州に命じて造らせた広大な庭です。大きな池の中には三つの島と四つの橋が架かっていて、天皇が行幸されるときは中央に御亭が建てられたといいます。家光と吉宗の時代に一部改修されました。幕末の慶喜の時代には池が枯渇して興廃していたというが、大政奉還後は宮内省の管轄になり見事に復活。現在は美しい池泉回遊式庭園の代表として国の特別名勝の指定を受けています。



 



いかがでしたでしょうか。新撰組のゆかりの地として名高い金戒光明寺と徳川幕府の始まりと終わりの地である二条城をご紹介しました。幕末を駆け抜けた偉人達の足跡をたどるのも観光の際にはいいものだと思います。着物を着て、タイムスリップした気分で足を運ばれてみてはいかがでしょうか。着物レンタルVASARAは京都駅構内に京都駅店をご用意しております。



 



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