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(きもの雑学)きものの模様について:文学意匠

「文学意匠の代表は『源氏物語』」

 そして『伊勢物語』以上にきものに主題が意匠化されているのが『源氏物語』です。

 近世初期から身分や男女の別なく着用されるようになった小袖は、江戸時代には特に女性の衣服として意匠面で華やかな展開を見せました。そうした中で詩歌や能に主題をとる意匠とともに大きな部分を占めたのが、文学に主題をとる意匠であり、その代表と言えたのが「源氏模様」でした。

 

 小袖服飾に見られる「源氏模様」は、大きく分けると二種類に分類できます。一つは、『源氏物語』の中から選んだ印象的な場面を、墨絵や友禅染といった絵画的な技法で意匠化したものです。これらは絵画における「源氏絵」と表現において多くの共通点をもっていました。

 墨絵は、室町時代から見られる技法で、辻が花染においては、他の技法とともにその一部に用いられました。その起源を絵画の白描画に求める説もあり、絵画的表現に適しているのは当然といえます。

 江戸時代、十七世紀の後半から十八世紀の前半にかけては、墨絵が単独で小袖の加飾に用いられるようになりました。元禄前後には小袖の意匠に「源氏模様」が流行し始めたのに伴って、「源氏絵」に近似した墨絵の「源氏模様」が表されるようになります。

 当時のファッション雑誌である小袖雛形本にもそうした例が見られました。正徳五(一七一五)年刊『ひなかた都商人』には、「源氏もよう」と題して、海辺の館で二人の公達が沖を見つめている模様が収載されています。この模様は「須磨」を主題としたもので、この雛形図の余白にも、模様を表す技法として墨絵が指定されていました。

 一方、友禅染は元禄頃に糊防染と色挿しの技法を組み合わせて考案された染色技法ですが、絵画的表現に優れ、かつ多彩な色使いを可能にしたため、表される模様にもそのような主題が選ばれ、その中に「源氏模様」も含まれていたのです。十八世紀前半の小袖雛形本には、友禅染で絵画的な「源氏模様」を表したものが見られました。

 

 これらに対して「源氏模様」の第二の形式は、同じく『源氏物語』に取材しながら、各巻のワンシーンもしくは全体を暗示するような抽象的なモチーフを一つないし複数配して意匠を構成するものでした。この種の「源氏模様」も元禄頃に流行したと言われ、元禄五(一六九二)年刊行された小袖雛形本『余情ひなかた』には、「関屋模様」と「若紫模様」と題する模様が収載されました。

 

 「古典文学の知識を詰め込んだ御所解模様」

 

十八世紀も後半になると、源氏絵的な模様が姿を消すとともに、「源氏模様」は新たな展開を示すようになりました。この頃から武家女性の小袖には、のちに「御所解模様」と呼ばれるようになる類型的な風景模様が流行しはじめます。「御所解模様」は、「御所」とあっても、公家女性が公務や日常に着た小袖の模様で、明治時代に、江戸時代の小袖に対する認識に誤りが生じた結果生まれた名称と言われています。

 

 この「御所解模様」の中には、風景中に『源氏物語』のストーリーを暗示するいくつかのモチーフを隠すよう配したものも見られました。これは小袖を着る者とそれを見る者との間で、一種の知的なやりとりを楽しむことを目的としたものと言われています。江戸時代に『源氏物語』を含む古典文学に対する知識が、武家女性の必須的教養だったことを反映したものと考えられます。

 たとえば、風景中に幔幕と楽太鼓・鳥兜を配するものは「紅葉賀」を、風景中に縁先の猫を表したものは「若菜上」を示しました。また、「御所解模様」の中には、風景中に「源氏模様」同様、特定のモチーフを配して能のストーリーを暗示的に表すものもあり、桜と鼓を配して「鼓の滝」を意味するなどは、その典型になります。

 「源氏模様」が武家階級の王朝文学への憧憬を反映したものであるのに対し、こうした模様は、能が武家の式楽とされたことを反映したものでしょう。

 

 以上のように、江戸時代に見られるこれら文学的染織意匠は、平安時代の公家同様に文学的教養を積むことができるようになった、武家や上層町人の文化的成熟のうえに成り立っていることが考えられます。そのため、単なる意匠としても面白さ以上の興味を引かれるのでしょう。

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